ザンビアの感染症対策から何を学ぶべきか─国民が正しい知識を共有できるシステムの確立が急務


2025年10月号 そこが聞きたい! インタビュー

かつて世界三大感染症の蔓延で、国民の平均寿命が32・8歳にまで落ち込んだアフリカ・ザンビア共和国。この国では今、国際支援だけに頼らない、独自の力強い地域医療が育まれているという。現地を訪ねた秋野氏が目にしたのは、元患者たちが地域を支える驚きの仕組みだった。ザンビアでの経験は、コロナ禍を経てなお多くの課題を抱える日本の医療と社会に何を問いかけるのか。

秋野公造氏 参議院議員(福岡県選挙区 公明党 医師 元厚労省医系技官)

1967生まれ。参議院議員(福岡県選挙区/3期目)・医師・元厚労省医系技官。1992年 長崎大学医学部卒業。長崎大学、米国Cedars-Sinai Medical Center、厚生労働省に勤務。2010年 参議院議員選挙で当選(現在3期目 福岡県選挙区)。環境・内閣府大臣政務官、財務副大臣を歴任。日本エイズ学会特別功労賞、日本結核・非結核性抗酸菌症学会100周年特別功労賞を受賞。国会質疑にて、呼吸器感染症予防週間の創設を提案して実現。剣道五段。

平均寿命が10年以上も伸びた背景

─先日視察で訪れたアフリカ・ザンビア共和国でその感染症対策にヒントを得たそうですね。

秋野 世界の三大感染症とはエイズ、結核、マラリアです。20年前、ザンビアではエイズ、結核、マラリアにより、国民の平均寿命つまり当時出生したばかりの、0歳児の平均余命が32・8歳にまで落ち込んでしまいました。感染症は国を滅ぼしかねない課題なのです。そうした状況で、日本が九州・沖縄サミット(第26回主要国首脳会議)の時に初めて感染症対策を提案して、エイズ、結核、マラリアに対して国際社会が官民共同で取り組むグローバルファンドという基金が創設されました。世界で三大感染症に対処していこうと決まったのです。その支援も相まって、ザンビアは20年が経過して、男性の平均余命は48歳まで伸びたと聞きました。国際社会の貢献で治療薬が行き届くようになったからです。HIVは一度かかると薬を一生服用しないといけないし、結核も半年以上たくさんの種類の治療薬を服用する必要があります。国際支援が途切れると即、人命に直接関わることであり、今後も支援が必要な状況は続いています。

特に日本の貢献は目覚ましいものでした。国民の皆様には、もっと知って欲しい事柄です。例えば、福岡県が誇る、NPO法人ロシナンテス(川原尚行代表)を通じて、薬剤耐性を持つ結核菌に有効で、小児にも処方できる薬を大塚製薬が供給していたり、富士フイルム社は、屋外で撮影できるポータブルレントゲン撮影装置を提供したり、栄研化学がTB‐LAMP法という検査に携わる方にとって安全な検査法を提供しています。いずれもザンビアに求められているもので、結果として日本よりも優れた仕組みの導入に繋がっています。日本ではレントゲン撮影は専用の検査室内で行いますが、ザンビアでは屋外でも撮影できます。日本は治療薬、検査機器や検査試薬も世界的に優れたものを作っています。世界の国には日本の優れたものをもっと使って欲しいと思います。

一方、日本が感染症対策においてザンビアに学ぶべきこともありました。それは「Community Based Health Volunteer(コミュニティ・ベイスド・ヘルス・ボランティア)」の皆さんが活躍していることです。現地の方々でその多くは過去にHIVに感染して、治療を受けて、今は日常の生活を送っている方、また、結核に感染して治療を受けて結核を克服した方など元感染者や元患者の方々です。そうした人たちが地域で活動しています。

日本で感染症にかかり完治すると、または治療が終わると医療機関との関係は途切れてしまいます。しかし、ザンビアでは、治療を終えた元感染者/元患者の方々が地域で医療機関との関わりを持ち続けています。HIVや結核は、いずれも慢性感染症で症状が出てくるのに時間がかかります。その間は誰もが検査をしないと、自らが感染しているかどうか分かりません。症状が出る前の潜伏期間に知らず知らずのうちに大切な人にうつしてしまう可能性があります。そうして感染が拡大しているのです。しかし、「HIVに感染したのは自業自得だ」といった差別や偏見が起こりがちです。実際は呼吸をしたり、家族や恋人と性的接触を持ったりする日常の中で感染が拡がっているのです。

─ザンビアではどのような活動が?

秋野 ザンビアでは特別なことをしたわけではありません。日常生活の中で感染症が広がり、国が滅びそうになり、そこから国際的な援助もあって平均寿命は48歳まで回復しました。そして国内でその回復を支えているのが、先ほどのボランティアの方々なのです。地域の中で彼らは感染しているかどうかわからない方、感染したかもしれないと悩む方にアプローチできます。リスクが高い人たちを探し出して、実体験に基づいて医療機関の受診を促して下さっています。医療機関を受診した後も、検査や治療に対する不安、その後の日常生活に対する相談にものってくれます。

「もしかしたら自分も感染しているのではないか…」と悩んでいる人はたくさんいます。特別のことではありません。そういう方に「病院へ行こうよ」と同じ経験者として寄り添う。感染症に対する正しい知識の普及と検査の推進を顔が見える地域で行う、それがコミュニティ・ベイスド・ヘルス・ボランティアの役割です。彼らは医療機関の前で、アフリカンダンスを踊るなどして、住民の関心を高めるなど受診への心理的なハードルを下げる工夫もしています。

このように医療機関と住民との間にある垣根を取り払い、元感染者や元患者の方々が繋いでいる。この仕組みが非常にうまく機能しています。当事者意識を持ちやすいことは、最高の普及啓発です。もちろん、ザンビアでもHIVや結核の薬をもらっていることが知られるのが嫌で、遠くの医療機関に行く人もいますが、それでもいいんです。

治療を受けると、自分の健康だけでなく、他人に対して感染させるリスクも下がります。HIVの薬をきちんと飲んでいれば、血液検査でHIVのウイルス量が測れないくらいにまで減少して、性交渉を持っても感染しませんし、出産時に赤ちゃんに感染させる可能性も帝王切開と組み合わせれば、ほぼゼロにできる時代になりました。ですから、自分が感染しているかどうかを知ることが非常に重要です。

これは日本も同じです。日本でも相談できずに悩んでいる人はたくさんいますが、地域で相談できる方はいるでしょうか。保健所に行くにはハードルが高いと感じている方もいましょう。ザンビアでは、そうした支え合いが地域に根付いていて、感染症対策に真正面に向き合った結果、地域力が高まっています。

コモンセンス(共通認識)の必要性

─ザンビアではボランティアの人々は自身の感染をカミングアウトしているわけですよね。これを日本で実現するのは難しそうですね。

秋野 日本ではかなり難しいですね。感染した方や自分が感染しているのではないかと悩む方を国内で支えるのは誰でしょうか。医療機関で受診することを躊躇するわけですから、医療機関と国民との垣根は高いままです。不安な方に対して、寄り添うことが大切なことと分かっていても医療機関も忙しく対応できません。

不安なまま多くの情報がそれも専門用語が飛び交うと、理解に至らないまま協力すべき医療機関と患者が、時には対立構造にまで陥ってしまいます。感染している事実を受け止めることが出来ても、治療を受ける時にも不安は続きます。さらに国が薬事承認した医薬品や医療機器に対する不安、さらに科学が積み上げてきたことに対して不信感が存在すると、医療は成り立たなくなります。ザンビアには、実体験に基づいて医療と感染者の間をつなぐ人がいるという強みがあります。

さらに、高校生など若年の世代も、Adaptive Leadership(適応型リーダーシップ) in Zambiaというキャンペーンのもとに、地域で感染症対策に積極的に関わっています。これはコミュニティ・ベイスド・ヘルス・ボランティアとは別に、国民運動として拡がりを見せています。若い世代が自分たちと同じ世代に対して、また地域に対して、責任をもって普及啓発を行っています。

私は厚生労働省に勤務時に、HIV対策を担当しましたが、ターゲットすなわち個別施策層ごとに届けるメッセージの内容を変える必要があります。一般向け、若者向け、同性愛の方々向け、性風俗で働く方々向け、外国人の方向けとアプローチもメッセージも全く異なります。ザンビアでは高校生らがコミュニティーで、感染して亡くなった方の家族の劇を演じるなどして啓発活動をしていました。それを観た親たちにも感染予防のメッセージが伝わり、子どもたちにとっては将来の適応型リーダーシップを学ぶ教育にもなっています。

感染症への対応はかつて国を滅ぼしかねなかったほどの大きな課題でしたが、ザンビアでは、それに真正面から向き合い、蓋をすることなく、感染した方々が堂々とカミングアウトして、逆に不安な住民を支える仕組みを作り、そこに若い世代も巻き込んでいる。その結果、地域の力が非常に強くなっているのです。

─日本では一部ワクチンに対した警戒する向きもあります。

秋野 直近の日本の例で言えば、子宮頸がん予防ワクチン(HPVワクチン)に対する不安があります。子宮頸がんの原因がヒトパピローマウイルス(HPV)であることは疑いのないことでしょう。しかし、ワクチンに対する不信感から日本では接種に対して積極的勧奨を取りやめたこともありました。その結果、海外と比較してほとんど接種しなくなりました。かつての接種率に戻ることもありません。

私は対象者の全員がHPVワクチンを接種するべきと申し上げているわけではありません。ワクチンはその効果を期待する方には接種を検討していただき、一方で副反応を避けたい方は接種の見合わせを検討していただきたいと思っています。日本のODA(政府開発援助)によって、海外の人たちがワクチンを接種して子宮頸がんを予防していることを複雑に思います。

あれから十数年が経ち、ワクチンの接種を見合わせた割合が多くなった世代が子宮頸がんを発症しやすい年齢に差し掛かっています。子宮頸がんの発症のピークは30~40代です。まだまだ妊娠を望む世代を含みます。子宮頸がんの大きさが0・5から1㎝になっても、自覚症状があるとは限らず子宮の全摘手術が必要な場合があります。手遅れになれば命を失うこともあります。女性の命を守るために、ワクチンの接種が不安ならば、検診を受けましょうという主張がないことは残念なことです。ワクチンに反対するだけでは女性の命は守れないのです。

このように顔が見える取り組みで感染症に対する正しい知識を普及しようとするザンビアと、顔の見えない情報が横行し、薬事承認された医薬品にまで不信が拡がる日本の現状には大きな差があります。もちろん、ザンビアも多くの課題を抱えていますが、感染症という問題に真正面から向き合っている。日本がそこから何を学ぶかが、これから非常に重要になってきます。

─日本の社会は、異質なものが現れると「バイキン」扱いして排除する傾向があります。コロナ禍でそれをあらためて実感しました。それを乗り越えない限り、ザンビアの仕組みを日本に導入するのは難しいのではないでしょうか。

秋野 どうしても未知の感染症に対する恐れは先行しがちです。その背景には正しい知識が普及していないことがあります。例えばHIVも、コンドームを使えばほぼ感染は防げるはずです。性交渉以外の日常生活においては、感染することがないという正しい知識が知らされず、感染を隠して、知らないうちにうつしてしまう、うつされてしまうことの方が怖いのです。だからこそ、検査を受けやすい環境が必要です。「エイズ」というレッテルを貼らないようにしなければいけません。

感染したとしても、薬を飲めば一生、日常生活を送れる時代です。薬さえ飲み続ければ、HIVのウイルス量は血液検査では、検出限界以下の量となり、他人にうつすことがないこと(undetectable = untransmittable (U=U))はエビデンスとして証明されています。

─まず、そういった正しい知識をコモンセンス(共通認識)として社会で共有することが大事ですね。

秋野 そうです。未だに「HIVは死ぬ病気だ」と思っている方もいれば、逆に「もう治るんでしょ?」という誤った情報に基づいて、HIV感染症を軽視している方もいます。正しくは、HIVを「封じ込める」ことができるのです。

日本にはハンセン病の苦い経験があります。かつて国が隔離政策を誤り、国家賠償となりました。治療薬がなく、ハンセン病に感染した方は住処を追われ、捨てられた時期もありました。その救済のために、国は療養所を設置しました。しかしながら、その後、感染者に対する対応は決して科学に基づいていたとは言えず、子どもを産ませないようにするなど深刻な人権問題を起こし、治療法が確立された後も、そのまま隔離を続けてしまったことが断罪されました。


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