アニメーションだからこそ可能になる記憶の再構築 そして魂の可視化の試み─映画『長春』が告発する中国共産党の闇


2026年2月号 そこが聞きたい! インタビュー

2002年3月5日、中国東北部の都市・長春の夜。数百万の家庭のテレビ画面が、突如として乗っ取られた。映し出されたのは中国共産党が「邪教」と断じ、根絶キャンペーンを繰り広げていた気功修煉法「法輪功」の真実を伝える映像だった。政府が捏造した「信者の集団焼身自殺」というプロパガンダの嘘を、緻密に分析した映像や世界で法輪功が愛好されている様子が伝えられていく──それは声高に叫ぶことの一切を封じられた人々が自らの命と未来のすべてを懸けて敢行した、決死の抵抗だった。

大雄(ダーション/Daxiong)氏

本名・郭競雄(かく きょうゆう)。中国・長春出身のコミック・アーティスト。吉林芸術学院を卒業後、吉林日報社で編集者・記者として勤務。1999年に「旗カートゥーン創作連盟」を共同設立し、中国の伝統文化を題材にした作品を多数発表。2006年、フランス・アングレーム国際漫画祭で中国人として初めて最高特別賞を受賞。2008年に米国へ移住後は、DCコミックスの『ジャスティス・リーグ』や『スター・ウォーズ』シリーズのコミック版を手掛けるなど国際的に活躍。ドキュメンタリー映画『長春(Eternal Spring)』では主要クリエーター兼案内役を務め、アカデミー賞カナダ公式推薦作品に選ばれるなど高い評価を得ている。

事件後、長春は戒厳令さながらの厳戒態勢下に置かれ数千人もの人々が逮捕された。実行者たちの多くは、人間の尊厳を根こそぎ破壊するような凄惨な拷問の果てにその命を落とした。歴史の闇に葬り去られようとしていたこの事件を唯一無二のアニメーション・ドキュメンタリーとして現代に蘇らせたのが、映画『長春(Eternal Spring)』だ。アカデミー賞のカナダ公式推薦作品に選出され世界各国の映画祭で27もの賞を受賞した本作は、単なる告発映画の枠を超え観る者の魂を激しく揺さぶる普遍的な人間の尊厳と抵抗の物語として世界に衝撃を与えている。

その制作の中心人物であり物語の案内役という重責を担ったのが、国際的に活躍するコミック・アーティストの大雄(ダーション)氏だ。DCコミックスの『ジャスティス・リーグ』やDark Horse出版『スター・ウォーズ』シリーズのコミック版を手掛け中国の漫画界を牽引してきた第一人者である彼は、自身もこの事件を機に愛する故郷・長春を追われ弾圧を経験した一人である。

なぜ彼は血の滲むような辛い記憶と再び向き合い、この映画を世に送り出すことを決意したのか。来日した大雄氏に、故郷への断ち切れぬ思いや創作の舞台裏、そしてこの映画が自由と平和を享受する現代の私たちに突きつける重く逃れられない「真実」について深く詳細に話を聞いた。

夢でしか帰れない故郷と世界で果たすべき使命

─映画では中国の伝統的な水墨画の技法を現代的なアニメーションに昇華させた、息をのむほど美しい長春の風景が描かれています。それは大雄さんご自身の記憶の中の原風景なのでしょう。18年間、一度も帰ることができていない故郷への思いが、あの美しい映像に結実したように感じました。

大雄 はい、2008年に32歳で故郷を離れて以来、一度も故郷の土を踏んでいません。不思議なことに、意識の上では「帰りたい」と強く思っているわけではないのです。今の中国共産党が支配する中国に、私が心安らげる場所はもはやないのですから。しかし面白いことに、私の潜在意識は正直です。眠りにつくと、夢の中では本当によく故郷に帰っているのです。あの街並みや人々の喧騒、そして仲間たちの顔……。潜在意識の奥深くでは、やはりどうしようもなく故郷を求めているのでしょう。

ですが、今は個人的な感傷に浸っている時ではありません。私たちは、中国という巨大な檻から幸運にも抜け出すことができた。だからこそ檻の中にいる声なき人々のために、世界の舞台で声を上げるという使命があります。ここが私たちの本当の戦場なのです。単に中国に帰るという個人的な夢のためだけではない。この地球上で自由世界の人間として果たすべき役割を全うするために、私たちは世界中に散らばって戦っているのです。

─その「果たすべき役割」が、この映画の制作に繋がったのですね。「自分が作った」のではなく「映画の中にいる全員で作った」という言葉が印象的でした。

大雄 その通りです。これは決して私一人の作品ではありません。もしそうであれば、単なる個人的な回顧録になってしまったでしょう。あの電波ジャックを実行した仲間たちは、自らの命と未来のすべてを投げ打ってテレビという手段で中国国内の人々に真実を伝えようとしました。彼らの声は、厚い壁の中でかき消されてしまった。私は幸運にも生き延び、世界の舞台に立つことができた。だから今度は私が彼らが命懸けで抱いた夢や理想、その魂の叫びを引き継ぎ世界の人々にこの物語を伝えているのです。獄中で亡くなった者も生き延びて今も苦しむ者も、そして私も私たちは時空を超えて繋がっている一つの総体です。思いは一つなのです。

映画『長春』では電波ジャックの様子が克明に描かれている

天安門事件後の精神的空白と「真・善・忍」という光

─大雄さんの当時、吉林省で最大の発行部数を誇る政府機関紙「吉林日報」の記者だったという経歴に驚きました。いわば体制側のメディアにいながら、なぜ体制が敵視する法輪功に惹かれたのでしょうか。

大雄 それを理解していただくにはあの時代の空気、特に私たち世代が抱えていた巨大な精神的空白についてお話しする必要があります。1989年の天安門事件は、戦車が民主化を求める学生を蹂躙しただけでなく私たちの世代の共産党への信仰をも完全に打ち砕きました。絶対的な価値観が崩壊し、何を信じていいのか分からない「信仰の真空」が中国全土を覆ったのです。

その虚無の中で、中国人は大きく二つの方向に分かれました。一つは共産主義の代わりに「お金」を新たな神とし、拝金主義に突き進んでいく人々です。もう一方はごく少数でしたが、失われた精神性を共産党によって破壊し尽くされたはずの中国五千年の伝統文化の中に再び探し求めようとした人々です。私は後者でした。その精神的な探求の過程で、法輪功に出会ったのです。

─法輪功の教えの中心である「真・善・忍」は、普遍的な道徳律です。当時の中国社会では、その当たり前の道徳が急速に失われていたということでしょうか。

大雄 まさにその通りです。中国の伝統は本来、人を敬い誠実さを尊ぶ道徳を非常に重んじる社会でした。しかし鄧小平の改革開放以降、「豊かになれる者から豊かになれ」というスローガンの下で中国社会は深刻なモラルハザードに陥ります。それは「道徳を放棄しなければお金は稼げない」という、おぞましい現実です。この30年間で中国経済は驚異的に発展しましたが、その多くは著作権を無視した海賊版や人を騙す偽物作りによってもたらされました。アーティストとして著作権を生命線とする私にとって、それは耐え難い矛盾でした。そうした社会の中で、誠実に生きようとする人々はどんどん生きづらくなっていったのです。

大雄さんのふるさと・長春の幼い頃の思い出が美しく再現されている

偽りの平和の下で始まった弾圧と命がけの抵抗

─当初、中国政府は法輪功の健康効果を評価し社会の安定に繋がるとして黙認、あるいは支持さえしていたと聞きます。なぜ一転して、これほど残忍な弾圧が始まったのでしょうか。
大雄 1999年以前、法輪功は政府にとって都合の良い存在でした。特に市場経済化の波で国営企業からリストラされ医療保険もない多くの失業者が、法輪功を学ぶことで心身の健康を取り戻していたからです。社会の不満を吸収する安全弁の役割を果たしていた。
しかし、その学習者の数が、時の最高権力者・江沢民の個人的な嫉妬と恐怖を掻き立てるほど巨大になってしまった。一説には党員の数を上回る1億人に達したとも言われています。党員や人民解放軍の幹部の中にも学習者がいたほどです。その強大な影響力を恐れ、1999年から「邪教」というレッテルを一方的に貼り根絶を目的とした残忍な弾圧を開始したのです。
─弾圧を国内外で正当化するために、2001年に天安門広場で起きた焼身自殺事件を「法輪功が信者に自殺を強要した」と国営メディアが繰り返し報じました。電波ジャックは、そのプロパガンダの嘘を暴くためのやむにやまれぬ最後の手段だったのですね。
大雄 あのテレビ報道は、国民の思考を麻痺させるのに絶大な効果がありました。中国全土の人々がそれを信じ込み、昨日までの隣人だった法輪功学習者を一夜にして「人を自殺に導く恐ろしいカルト信者」として憎悪と侮蔑の目で見るようになったのです。長春の学習者たちはその状況を覆すため、海外の専門家が焼身自殺映像を分析しそれが警察によって仕組まれた政府の自作自演であることを科学的に暴いたニュース映像をなんとかして国内の皆に届けたかった。そのためにアドバルーンを上げてビラを撒いたり、一軒一軒家を回ってビラやCD‐ROMを配ったり涙ぐましい努力を続けました。
しかし、国家ぐるみのプロパガンダの前ではあまりにも無力でした。追い詰められた彼らにとって残された最後の、そして最も効果的な手段がテレビの電波を乗っ取ることだったのです。
─映画では、作戦決行の前日にリーダーの梁振興さんが逮捕されるという絶体絶命の危機が描かれます。それでも仲間たちが決行できたのは、彼への絶対的な信頼があったからだと語られました。
大雄 リーダーが捕まれば拷問によって計画が漏れ、アジトに踏み込まれて一網打尽にされる。それが普通の発想であり、最初の懸念でした。しかし、彼らは決行しました。それは、梁振興という人間への理屈を超えた絶対的な信頼があったからです。

昨年12月に来福した大雄さんが博多の総鎮守・櫛田神社を参拝した際、飾り山に感銘を受けて帰国して描いたものを小誌に贈ってくれた。

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