2025年4月号 そこが聞きたい! インタビュー

スーパーの棚からコメが消え、その後価格の高騰が国民を襲った―昨年8月から「令和の米騒動」が起きている。その後、政府が備蓄米を放出したが、コメ不足の先行きは依然、不透明だ。
松下愛氏
1985年、宮崎県生まれ。久留米大学大学院比較文化研究科後期博士課程を経て、経済学博士号を取得。その後、久留米大学講師として勤務後、現在長崎県立大学講師。
恒常的なコメ不足の原因とは
―まず、令和の米騒動と言われるコメ不足に伴う価格高騰ですが、この背景をどう見ていますか?
松下 まず、業者が買い付け、それが輸出に回っていることが挙げられます。特に東京の米不足が著しかったのは、それが背景にあると思います。業者は東京の市場には供給せずに海外に輸出しました。それよりもコメ不足の根本的な原因は、政府の実質的な減反政策にあります。
―1971年から続いていた減反政策は、2018年に廃止されたはずですが。
松下 米が過剰になってその対策として米の生産調整が始まり、休耕田が増加しました。調整開始時には、作付けを行わない農家に補助金が出たため、休耕田は26万ヘクタールに及びました。その後、休耕田での稲以外の作物への転作が奨励され、休耕田への補助金は1973年で打ち切られたため、多くの休耕田がいったん稲作に復帰します。その後ふたたび第二次の生産調整が始まり、1982年に休閑した水田は約66万ヘクタール、全水田面積の約22%に及びました。生産性の悪い山間部の小さな水田などでは、転作も行われないまま放置されるものもあり、その結果、耕土や用水路、周辺施設が荒れて、水田への回復が困難な廃田となっている所もあります。
その後も政府による米の生産調整は継続して、2007年からは農業者・JAなど農業者団体による自主的な生産調整が行われ、水田の面積は減少しています。
2005年『農林業センサス』では、水田総面積の25%にあたる51万ヘクタールの水田で稲作が行われなかったことが指摘されています。
そこで政府は減反政策を廃止しますが、米生産はJAなどにより調整されていて、未だに飼料用米、麦、大豆などの戦略作物への支援や水田活用交付金、畑作物の直接支払交付金は継続していて減反政策は実質的に継続しています。コメを作っても儲からない農家としては、コメの何倍も高い補助金が出れば仕方がありません。減反政策を止めればコメの供給量、収穫量が増えて価格が安くなるだろうと思われましたが、こうした転作によって収穫量が全く増えていないのが現状です。また、減反政策を廃止した農家は在庫を抱える事態になっています。それまでは儲からないけれど売れたので在庫は抱える必要はありませんでした。
―一説にはコメは40万トン不足しているという数字もあります。
松下 潜在的にはそれ以上不足していると思います。どの国も災害に備えて食糧を備蓄し、自国の食糧減産、つまり減反政策はやっていません。何かあった時に作ればいいかと言うと、不可能に近い。一つは後継者の問題があります。緊急時にいきなり作るように促してもすぐに作れるものではありません。儲かっている農家はスマート農業で機械化され、作物もコメではなく付加価値が高いものを栽培していて、販売先は海外や国内レストランなどです。一方のコメ農家は減反政策廃止後も補助金という間違った政策によって、儲からない、生産性が向上しない苦しい立場に立たされています。
かつて日本はコメ1200万トンの生産力がありましたが、それが減反政策で700万トンまで減らしています。飼料米をどんなに作ってもカロリーベースでは食料自給率は一向に上がりません。食の安全保障、国防にとって深刻な問題です。
コメ不足のもう一つの要因はミニマムアクセス米の減少です。1993年に合意されたGATT(関税および貿易に関する一般協定)のウルグアイ・ラウンド交渉によって導入され、ミニマムアクセス米は国内の米市場に過度な影響を与えないよう、国が一元的に管理しています。輸入量は現在、年間約77万トン(玄米ベース)に設定されており、アメリカやタイ、中国などから輸入されています。これらの米は、主にみそや焼酎、米菓などの加工食品用に利用される他、飼料用や海外援助用としても利用されています。ところがアメリカのカリフォルニアでは水不足でカリフォルニア米が高騰し、輸入量は金額ベースですから、輸入量が減少し、コメ不足を加速化しています。
―マイナスのスパイラルですね。
松下 昨年5月に初めて「食料・農業・農村基本法」いわゆる農業基本法が改正され、コメを輸出する方針に転換しました。しかし、改正基本法の運用次第では国内価格が高騰し、卸・輸出業者だけが儲けるだけで、コメ農家はますます疲弊してしまう危険性をはらんでいます。具体的な政策はまだ何も決まっておらず、そのため思惑でコメの輸出が可能になるというビジネスチャンスを狙った企業の動きが顕著になっています。
国際援助とコメ不足解消
―政府は、2030年にコメの輸出量を現在の8倍近くに拡大する方針案を出しています。この案では、輸出できるほどに供給量を増やして、コメが不足した時に国内用として回せるように余力を確保するとしています。
松下 そうなると、価格は変動し、ましてや国内需要が喚起されないまま価格が変動すると価格が高騰する恐れがあります。
―政府は、2030年度に食料自給率を45%まで引き上げるという目標を掲げましたが、達成には程遠い状況です。
松下 コメや野菜、魚は比較的自給率が高いんですが、一方で畜産物やパンに使われる小麦などの自給率が低い状態です。国内で育てられた牛や鶏でもその飼料が海外から輸入されたものであれば、その分は自給したとは見なされないためにカロリーベースとしての自給率計算においては相殺されるからです。
例えば、鶏の卵は96%が国産ですが、鶏の飼料としてのトウモロコシ等は海外からの輸入に依存しているため、自給率は一気に12%までに下がります。牛肉や豚肉なども同様です。食生活の多様化により畜産物等の消費が伸びる一方で、コメなどの自給率の高い品目の消費が減っているため全体の自給率が低くなっています。
―コメの供給量を大幅に増やしてその余剰分を輸出すべきと主張していますね。
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