2026年2月号 人・紀行 ② ─ 山田恵也さん(38歳) 株式会社CYCLE 代表

建築士というキャリアを持ちながら、現在はフードロス削減やコミュニティデザインに取り組む山田さんの言葉の端々からは社会課題に対する独自の視点と、それを解決しようとする強い意志が感じられた。一見、畑違いの分野に飛び込んだ彼の挑戦は、従来の常識を覆す新しいソーシャルビジネスの可能性を指し示していた。彼の歩む道のりは、社会課題解決の新たなモデルケースとなるかもしれない。
都心に現れた畑
世界中で問題となっているフードロス。日本でも多くの食料が日々廃棄されているが、その解決は容易ではない。そんな中、福岡の都心でユニークな取り組みが始まっている。大型商業施設「マークイズ福岡ももち」の2階、多くの人が行き交うウッドデッキに突如現れたプランターの畑。これが山田さんが手がける「こどもがまんなかファーム」だ。
野球の試合開催時には多くの往来がある場所だけに、道行く人々が「何だろう?」と足を止める。「キュウリがなっているのを見ると、『本物?』と皆が二度見します」。都心のフリースペースに、地元の子どもたちのための食育の場をつくろうというのが始まりだ。現在、福岡市某所でも新たなファームの展開を計画している。
このファームは子どもを真ん中に据えることで、親、そして祖父母世代へと関心の輪を広げ、地域コミュニティを育む狙いがある。あえて屋上のような閉ざされた空間ではなく、人通りの多い「開かれた場所」につくることで、人々の日常に「農」という風景を溶け込ませるのだ。
もともと彼は建築士として、商業施設のインテリアデザインなどを手がけていた。「畑違い」の分野に彼を突き動かしたものとは、一体何だったのだろうか。


AIが変えた人生設計
福岡市で生まれた山田さんは、専門学校で学び、二級建築士の資格を取得。20代は建築士として商業空間のデザインに没頭した。飲食店やオフィス、マンションの内装など、様々なプロジェクトを手がけ、順風満帆なキャリアを歩んでいた。「めちゃくちゃ楽しかったですよ」と当時を振り返る。
しかし、20代も後半に差しかかった頃、彼はある危機感を抱くようになる。急速に進化するAI(人工知能)の存在だ。
「当時から3Dでパース(完成予想図)をつくるソフトが進化していて、いずれ一般の人でも簡単に使えるようになる。そうなれば、ただ図面を引くだけの建築士は必要なくなるのではないかという恐怖感がありました」
建築・デザインの仕事が嫌になったわけではない。むしろ、その仕事に誇りを持っていたからこそ未来への不安は大きかった。「このままでは先がない。30代は何にでもなれるように、色々な能力を身につけよう」。そう決意し、全く新しい分野であるソーシャルビジネスの世界へ飛び込んだ。
もったいないから始まった挑戦
ソーシャルビジネスへの関心は、建築士時代の経験がきっかけだった。農家レストランの立ち上げに携わった際、規格外などを理由に多くの野菜が廃棄されている現実を目の当たりにした。「これを何とか活用できないか」。その「もったいない」という純粋な思いが新たな原動力となった。
最初に挑戦したのはフードマッチングアプリの開発だ。農家が廃棄する野菜を消費者が直接収穫に行けるようにマッチングする仕組みを考案。利用は無料とし、広告収入で運営する計画だったが、すぐに大きな壁にぶつかる。「フードロス削減には賛同してくれるのですが、いざ協力となるとクレームのリスクを懸念して消極的になるメーカーが多かったのです」。
例えば、賞味期限が近い商品を、それを知らない消費者が正規の品と勘違いして購入し、「期限が切れていた」といったクレームにつながるリスクを避けたいと企業が二の足を踏むのは無理もないことだ。コロナ禍も相まって、この事業は断念せざるを得なかった。
次に仕掛けたのが「0円マルシェ」というイベントだ。廃棄予定の商品を企業から提供してもらい、福岡市中央区の鳥飼八幡宮で無料配布した。「当日は雨だったにもかかわらず、500人近くの人が来てくれて大盛況でした」。
その後、博多区でフードロス商品を扱う実店舗も期間限定で運営したが、やはり企業の協力が得にくいという根本的な課題は解決しきれなかった。
子どもという突破口
試行錯誤を続けるなかで、山田さんはある事実に着目する。クレームが懸念される層がいる一方で、学校教育でSDGsを学んでいる若年層はフードロス問題への理解が深いことだ。この気づきから、彼はターゲットを大きく転換する。
食の分野に強い中村学園大学(福岡市城南区)と連携し、学内にフードロス削減ストア「CYCLE DISH(サイクルディッシュ)」を開設したのだ。「大学は教育・研究機関であると同時に、不特定多数の人が出入りしない場所。ここから始めようと考えました」。
学生が主体となって無人販売を運営し、売上の一部は大学に還元される。透明性が担保されたこの取り組みは環境省からも評価され、全国で5社しか選ばれない食品ロス削減対策導入モデル事業に採択された。
この成功体験が、彼の活動の核となるコンセプト「こどもがまんなか」という発想につながっていく。