2026年2月号 人・紀行 ① ─ 里地帰(さとちき)さん 和胡奏者・シンガーソングライター

福岡県福津市の宮地嶽神社で奉納演奏された1本の動画に目が留まった。奏者が持つのは中国の楽器・二胡に似ているが見たことのない楽器。神社という清浄な空間に響き渡るその音色は、不思議なほどに日本の原風景と調和していた。楽器の名は「和胡(わこ)」。奏者の里地帰さんが生み出した世界で唯一の楽器だ。その誕生秘話と彼の音楽人生を辿ると、まるで神々に導かれたかのような数奇な物語が浮かび上がってきた。
神々の采配
2020年9月、台風が福岡県糸島市を襲い、雉琴(きじこと)神社の御神木が倒れた。樹齢300年を超える欅(けやき)の巨木だった。日本武尊(やまとたけるのみこと)を祀る古社のシンボルが倒れたというニュースを見て、里地帰さんは居ても立ってもいられず、翌日には現地へ車を走らせたという。彼にとってそれは、単なる倒木ではなかった。
里地帰さんは二胡を基に日本の風土に合った音色を追求し、独自の楽器「和胡」の制作に取り組んでいた。実は、初代の和胡もまた、自然倒木した御神木から作られていた。その木は、静岡県島田市にある智満寺の「頼朝杉」。伊豆に流されていた源頼朝が、大願成就を祈って手ずから植えたと伝えられる樹齢800年の巨木だった。その頼朝杉が自然倒木した際、引き取り手のなかった木材を大阪の業者が預かっていた。里地帰さんがイベントの打ち上げで偶然その社長と隣り合わせ、「自分の楽器を作りたい」と夢を語ったところ、「こんな由緒のある木があるけど、使ってみないか」と無償で提供されたという、まさに奇跡のような出会いがあった。
しかし、杉は木材として柔らかく弦の張力に耐えきれないという課題があった。音色と耐久性を両立させる理想の素材を探し求め、様々な木材を試した末に辿り着いたのが「欅」だったのだ。
理想の木材として欅に行き着いた矢先に、御神木である欅が倒れた。これは偶然か、それとも必然か。里地帰さんは神社の宮司に懇願した。「この木の一部をいただけないでしょうか。5年後、必ずこの木で作り上げた楽器でこの場所に奉納演奏をしに戻ってきます」。生木は楽器になるまで最低5年の乾燥期間が必要となる。その約束は5年後の2025年秋、秋季大祭で果たされた。御神木から生まれた和胡が奏でる「ふるさと」の音色は、まるで木が故郷へ帰り神に報告するかのように、境内へ優しく響き渡った。この奇跡的な出会いは、彼の音楽人生が神々に導かれていることを強く印象付ける。
挫折からの旅立ち
里地帰さんの音楽人生は、決して平坦なものではなかった。
昭和57年、東京の墨田区で4人兄弟の3番目として生まれる。音楽との出会いは小学4年生。兄が文化祭でエレキギターをかき鳴らす姿に憧れたが、「兄と同じは嫌だ」という天邪鬼な気持ちからクラシックギターの教室へ。『禁じられた遊び』を好んで弾くような、少し渋い少年だったという。
高校卒業後、料理好きが高じて栄養学を学ぶため大学に進学するも、文系だった彼にとって理系の学問の壁はあまりに高かった。化学や生物学の専門的な内容についていけず、やがて挫折し半年ほど引きこもってしまう。部屋でギターを弾く以外、何もする気になれない日々。そんな時、心の支えだったのが毎年夏に訪れていた京都の祖母の存在だった。「おばあちゃんに会う」ことを口実に、彼は家を飛び出す。
所持金はわずか。頼れるのは高校時代にアルバイトで乗り回していた50㏄の原付バイクと、背中に括り付けたギターだけ。無計画な旅は静岡県の浜松でガス欠という形で早々に行き詰まる。3日間まともに食事もできず、水だけで空腹をしのいだ。絶望の中で彼が思い出したのは、東京・錦糸町で見た、かなりの投げ銭を集めていた三味線の路上ミュージシャンの姿だった。
「ギターがあるじゃないか」
意を決して駅前で歌おうとするが、引きこもりのブランクは大きく、人と目を合わせることすらできない。ケースからギターを出してはチューニングのふりをし、また仕舞ってしまう。そんなうじうじした時間が2日間過ぎた。「このままバイクを捨てて家に帰ることもできる。でも、また元通りになってしまう」。その悔しさが、彼を突き動かした。

挫折からの旅立ち
3日目の夜、ついに彼は声を振り絞って歌い始めた。流行りの曲やオリジナル曲を1時間、2時間と歌い続けたが、誰も足を止めてくれない。諦めかけたその時、自転車を止めてどしりと座り込む、明らかに酔った中年男性が現れた。「投げ銭がもらえるかもしれない」。淡い期待は、しかし全く逆の形で裏切られる。
「お前、それ本気でやってるのか」
突然の喝だった。男性はプロのミュージシャンで、里地帰さんの覚悟のなさを一瞬で見抜いたのだ。彼は事情を話す里地帰さんを居酒屋へ連れて行き、焼きおにぎりと味噌汁をご馳走してくれた。「20歳で初めて、食べ物を食べて涙が出ました」。その帰り、男性はコンビニでノートを1冊買い、「このノートがいっぱいになるまで、どうやったら人に聞いてもらえるか、稼げるかを朝まで考えろ」と言い残して去っていった。
その夜、彼はノートに必死に考えを書き出した。そして翌日、1つの答えにたどり着く。1ページ目の1行目に書いたのは、「立って歌う」ことだった。