「人生の寄り道」を懸命に歩いた末に辿り着いた環境保全型農業の道


2025年3月号 人・紀行 ─ 秦城之さん 夢工房じょ~じ

このコーナーで取り上げる人たちは。いわゆる「成功者」というカテゴリーではない。かと言って、もちろん「失敗者」でもない。以前も書いたと思うが、このコーナー「人・紀行」には、人生とは「旅のようなもの」という編者の思いを込めているつもりだ。人は、この世に生を享け、死に向かって歩んでいく旅のようなものではないか。旅に山あり谷あり、晴れあり、風,雨、雪あり、登りあり下りがあるように、人生にも喜びあり、怒りあり、挫折あり、悲しみがある、旅のようなもの。限られた紙幅ではとても完全に綴ることはできないが、登場人物の人生の旅を紀行として記録するのが、このコーナーの趣旨なのだ。

広告代理店からリフォーム業界へ

この稿の主人公である秦さんの顔は幾つもある。リフォーム業、映画俳優、CMのナレーション、ラジオのパーソナリティ、ボーカル、そして1年ほど前から始めた生態系に負荷をかけない持続可能な「サービス」業…最後の「サービス」はこれだけでは何をやるのか分からない。詳しくは後述するが一見、脈絡がないように映る。しかし、人生の旅には「寄り道」も用意されている。彼のこれまでの人生の旅をしばし共に巡ってみよう。

昭和43年(1968)、三人弟妹の長男として生まれる。父親は警察官で主に交番勤務で転勤が多く、秦さんは転校を8回も経験、中学校は1年ごとに変わった。思春期ゆえに悩める時代を過ごす。中2の学校では不良グループとも交流があって、3年生の時には転入早々目をつけられて集団から「〆られました」。翌日から1人ずつ仕返しを始めるが、3人目から返り討ちに遭った。県立高校に進学、高校時代は応援団に所属する。掃除をサボっていると、生徒指導の教師から生徒会に入れられた。掃除担当の委員になって、それ以来掃除をやるようになった。

福岡大学を中退後は、地元の広告代理店に就職する。バブル経済が弾ける直前だった。北九州市で飛び込み営業をやった、翌年、バブルが弾けた途端、業績が悪化し給料も下がった。顧客の焦げ付きが発生し売上金を回収する毎日。「夜逃げした社長さんを追いかけたり…何をやっているんだろうと」。大手広告代理店の下請けも切られた。会社の先行きに不安を覚え退職する。

広告の仕事に未練があったので、福岡市内の広告代理店に転職するが、教材販売の関連事業に配属された。いつかは広告代理業に行きたいと思っていたが1年くらいしても一向にその気配がない。そんな時に誘われて、26歳の時にリフォーム会社に転職する。ここでも飛び込み営業をやった。特定のエリアを抜け目なく飛び込んで回るローラー営業だったが、「自分の性に合わないので、ローラーせずに同じ地区をまんべんなく回るやり方を選択しました」。近所を何度も歩いていると最初はかたく断られた家の人に顔を覚えられた。近所で完成するとそれが見本になって話を訊いてくれるという好循環が生まれた。水があったのだろう、都合10年以上在籍した。

「出来上がった時にお客さんに喜ばれるのが一番楽しかったですね」

大手企業の立ち上がったばかりのリフォーム事業の営業として転職するが、間もなく業績不振のため閉鎖、他のグループ会社への転籍を勧められるが、全くの畑違いだったため、7年前、47歳の時に独立する。コロナ禍。価格競争が起きた上に物価も上昇したため利幅が激減した。

病を得て気づいたこと

そんな時、転機が訪れた。

50歳になったある朝、突然、激しい膝痛に襲われ、立てなくなった。しばらくすると歩けるようになるが、念のために整形外科で受診すると「変形性膝関節症」と診断される。しばらくするとまた痛み出した。最終的には運転中に膝が曲がらなくなってしまう。原因が分からない。不安を抱えていると、今度は手の指にこわばりが出た。健康診断の際に医師に相談すると、血液検査の項目にリウマチを加えた。結果は関節リウマチの疑いが濃厚というものだった。早速、膠原病内科を紹介される。関節リウマチとは、免疫の働きの異常によって関節内に炎症が起こる病気で、自己免疫疾患の一つ。1カ月間の精密検査の後、正式に診断された。

「それまでリウマチっておばあちゃんが罹るものと思っていたので、驚きました」

投薬治療が始まった。投与される薬は徐々に増やされて、最大量を服用するようになった。頭痛、めまい、倦怠感、脱毛などの副作用に悩まされる。それもそのはずで、投与された免疫抑制剤は抗がん剤の一種だった。副作用を何とかしたいと、いろんなサプリメントなどを試したが、なかなか治らない。

「食べ物を見直そうと添加物が入っていないものを探しました。スーパーで食料品の裏側を見ると、添加物だらけで買い物するのがストレスになってきました」

半ば諦めかけていた時に、ある講座を紹介される。環境や生態系に負荷をかけない農業の普及を目指し農業に関連して動植物および微生物を研究しているAGBIOTECH(アグバイオテック)株式会社(本社・東京都)の講座を受け始めた。農業、食、医療、環境について勉強し始めて腑に落ちかけていた時に糸島地区で採れた無肥料の野菜を食べると、「こんな味だったの?」と舌と体が敏感に反応した。

昨年、AGBIOTECH社がFC事業「ビオアライアンス」をスタートさせた。説明を聞いた秦さんは会社の方針に共鳴し、加盟を決めた。同社が進める「環境保全型農業」とは、農地自身がもつ生物機能 (微生物多様性) を向上させ、生産性の維持・向上と自然生態系の保全を両立させる新しい形態の農業。

「まだ認知されていないのでその啓蒙から始めます。有機栽培の全農産物に占める割合は、まだ0・4%にしか過ぎず、無肥料・無農薬栽培をやっている農家にいたっては全農家のわずか0・03%です」

無農薬・無肥料栽培農家の販路を作り、その農地が拡大することで温室効果ガスを抑制させる、カーボンニュートラルが進むという。

「農地から発生する温室効果ガスは、電気エネルギーの25%と同じ量なんです。なぜかと言えば、農薬と化学肥料の中に含まれる亜酸化窒素が原因です。亜酸化窒素ガスは二酸化炭素の296倍も温室効果があると言われています」


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