アートと心理学で心を解き放つ―古き良きものに新たな命を吹き込む創作活動


2025年12月号 情熱九州 vol.44 ─ ボタニカルアートサロン「SO和KA」代表・一般社団法人 九州の女 会長 中嶋貴子さん

講師、アーティスト、そして女性団体の会長と、多彩な顔を持つ中嶋貴子さん。その創作活動の根底には、心理学に基づいた深い人間理解があるという。古い着物や和紙を使った伝統工芸「一閑張(いっかんばり)」、蓮の葉で描く「ボタニカルアート」など、独自の感性で新たな価値を生み出す彼女の作品は、見る人の心を惹きつけてやまない。デザイナーとしてキャリアをスタートさせ、幾多の壁を乗り越えてきた彼女の情熱の源泉に迫った。

デザイナーからアーティストへの道

「今の職業は2つあります」。中嶋さんは快活な笑顔で語り始めた。1つは、高校で美術と心理学コミュニケーションを教える講師業。もう1つは、自身のアトリエで創作活動を行うアーティストとしての顔だ。講師として学生と向き合う傍ら、自らの感性を作品に昇華させる日々を送る。「元々はグラフィックデザイナーだったんです」という彼女のキャリアは、今から40年以上前に遡る。

九州産業大学の芸術学部でデザインを学び、卒業後は商社の商品パッケージやロゴマークを手がけるデザイン室に就職。好きなデザインに没頭する日々だったが、当時の社会はまだ女性にとって厳しいものだった。

「3年目のボーナスが同期入社の男性より私の評価が低かったんです」

デザイン案は自分の方が多く採用されていたにもかかわらず、だ。理由を知りたくて上司に迫ると「『君はどうせ寿退社するんだろう。私は男性を育てたいんだ』と言われ、悔しくて直談判の末に会社を辞めました」。会議の席で自らのデザイン論を述べれば、「女は黙っとけ」と一喝されたこともあったという。それは当時の女性たちからすると、理不尽極まりない話だろう。

その後、26歳で結婚するまでの数年間、フリーのデザイナーとして独立。企業のロゴデザインを手がけるなど、その才能を開花させた。「今でもバスの広告などで手掛けたデザインを見かけると、未だに使っていただいて嬉しいですね」と顔をほころばせる。しかし、結婚・出産を機に、再びキャリアの転機が訪れる。

「当時のデザインはすべて手作業の切り貼り。iPadなんてない時代ですから、夜中の11時、12時まで作業するのは当たり前。子育てをしながら続けるのは不可能でした」

こうしてデザイナーの仕事から一度離れることになる。

子育てに専念する中で、中嶋さんの興味は新たな方向へと向かった。大学時代に学んだ「児童心理学」の面白さが蘇ってきたのだ。「子育ては難しいですね。子どもたちが社会の役に立つ人間になるには、どう育てればいいんだろう」と考え、行動心理学(EQ)を本格的に学び、講師としての道を歩み始める。「四十の手習いでした」と笑う。

EQ(Emotional Intelligence Quotient)は「こころの知能指数」や「感情指数」と訳され、知能指数(IQ)と対比されるものです。EQを深く学んだ中嶋さんは、その知識を講師として学校や企業などで伝えてきた。EQは、後天的に高めることができる能力であり、対人関係の構築や問題解決に役立つ。

「EQが高い人は、自分の感情を理解し、適切に対応することができます。また、他人の感情や行動を理解し、共感することもでき、これにより、より良い人間関係を築き、ストレスを管理し、効果的なコミュニケーションを行うことができます。簡単に言えば、EQは感情の賢さや社会的なスキルを表す目安であり、個人の幸せや成功に大きく役立つ能力です」

これは後天的なもので、特に親から幼い頃に刷り込まれたことが大きく影響し、対応力が人それぞれ違ってくるという。例えば、自己評価が低い人は、幼少期に否定的な言葉を言われ、厳しく育てられたケースは多い。

「最近の10代の学生たちは、人の評価を気にしたり、周りの目を意識したりする子が多いように感じます。『こんなことを言ったらどう思われるだろう』『嫌われるんじゃないかな』といった不安を、心の奥に抱えているのです。そうした子どもたちの多くは、過去にいじめを経験し、それが心の傷として残っていることがあります」

自尊感情が低く、ネガティブな思考に陥りやすい学生には、特に声かけに注意するようにしている。

「たとえば、学生から『私は人見知りだから友だちができない』と相談を受けることがあります。そのときは、『人見知りすることは決して悪いことではないのよ。人見知りする人は観察力があり、思慮深い人が多いので、人間関係で大きな失敗をしにくいという長所があるのよ』と伝え、ネガティブな考え方をポジティブに転換するよう促しています」

この心理学の知見が、後のアート活動と深く結びついていく。

自己肯定感を育むアートの力

「アートには、自己肯定感を高める力があるんです」

中嶋さんは自身の教室で、生徒さんたちに「自分の宇宙観を出しましょう。上手に描こうとせず楽しく取り組んでください」と語りかけるという。

「多くの参加者さんは『私、センスないし、美術の成績悪かった(笑)』と言いますが、完成した作品を見て『我ながら良いものができた』と喜ぶんです」

誰かと比べるのではなく、自分の中から湧き出る感性を形にすること。そして、その作品を自分で認め、愛すること。その過程こそが、心の壁を取り払い、自信を育むのだという。この哲学は、講師として多くの学生や社会人と接してきた経験から生まれたものだ。

コロナ禍で講師の仕事が激減したことをきっかけに、中嶋さんは自身の創作活動にさらに力を注ぐようになる。そこで出会ったのが、蓮の葉を使った「ボタニカルアート」だった。「コロナで企業研修などが全てなくなり、家にいる時間が増えたんです。そんな時、蓮の葉でアートを作る認定講師の募集を見つけて、すぐに資格を取りました」。

本物の蓮の葉をキャンバスに貼り、アクリル絵の具で彩色していくこのアートは、中嶋さんの創作意欲を掻き立てた。福岡市中央区の圓応寺で寺子屋ワークショップを開くなど、活動の場を広げていく。

さらにこの活動が、新たな創作へと繋がっていく。日本の伝統工芸である「一閑張り」だ。

「母がたくさん遺してくれた着物。捨てるのは忍びないけれど、着る機会もない。どうにかして生かせないかと考えた末にたどり着きました」

一閑張りとは、竹かごなどに和紙や布を張り重ね、柿渋や漆を塗って仕上げる工芸品で、江戸時代から続く伝統がある。中嶋さんはこの技法を用い、着物の切れ端や古文書などを素材にした独創的なバッグや小物を作り始めた。浮世絵師・棟方志功の版画をあしらった作品など、その斬新なデザインは評判を呼び、今では注文が入るほどの人気を博している。

「捨てられるものに、もう一度命を吹き込む。これほど尊くて面白いことはありません」


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