九州唯一の地域政党が目指すもの─有為な人材を育て議会に送り込み地域から政治を変える


2024年7月号 そこが聞きたい! インタビュー

地域政党―大阪維新の会、都民ファーストの会など既存政党の不信感か2000年代に入って多く結党された。しかし、その多くは権力獲得が目的になっている感は否めない。そもそも地域政党の役割とは何か。九州唯一の地域政党の党首に話を聞いた。

福沢峰洋氏 地域政党「薩摩志士の会」会長 創設者

1952年、鹿児島県奄美大島生まれ。鹿児島県立大島高校卒業後、福岡大学入学。一般企業勤務を経て医療法人入職。その後、衆議院議員秘書を経験し現在は地域政党 薩摩志士の会の会長、日本税制改革協議会(本部・東京)鹿児島代表、拉致被害者奪還薩摩有志の会、事務局、(一般社団)鹿児島県起業家協会理事などを務める。

あくまでも納税者目線で

―政党を創立して15年目だそうですが、そのきっかけは?

福沢 滋賀県大津市で開かれた全国の地域政党が集まったミーティングに出席したのがきっかけです。その旗振り役は、内山優日本税制改革協議会(JTR)会長と河村たかし名古屋市長(地域政党「減税日本」代表、「日本保守党」共同代表)でした。参加前は地域政党を創ろうとは思っていませんでした。錚々たるメンバーが集まっていたので勉強したいと思っていただけでしたが、いざ参加すると日本を立て直すには地方から立て直すしかないと思い、鹿児島に帰って早速「対話の会鹿児島」という政党を立ち上げました。

最初は緩やかなイメージの党名で始めたのですが、鹿児島県民・市民の選挙への関心度が低いことに気づき、これではいけないと党名を現在のものに変え、闘う政党を目指しました。

全国的に地方選挙の投票率は低いですが、鹿児島も例外ではありません。これでは民意が政治に反映するはずがありません。さらにコアなメンバーを集めて活動を活発化しようと12年前にこのビル(鹿児島市加冶屋町)に移転しました。ここは、西郷隆盛、大久保利通など明治維新の立役者が生まれ育った地です。

ちなみに現鹿児島市長の下鶴隆央君(鹿児島県議を経て2020年鹿児島市長に初当選。1期目)が初代の事務局長です。当時、彼は東大の大学院在籍中に鹿児島県議選に出馬しましたが落選、浪人中に出合い若い人たちと一緒に勉強しようと「郷中志誠塾」を始めました。その中で県議選に4人出馬して2人当選以来、この勉強会から5人の議員が誕生しています。また、政党の趣旨に賛同して入党した議員も含めると現在、18名の議員が活動しています。

―それぞれ所属する議会が違いますから、会派は出来ませんね。

福沢 議員になった人たちには退塾してもらっています。何よりも地元のことに専念してもらいたいからです。納税者の立場に立たないと、いくらいいことを言っても政治家としては認められません。地元に根差すためには各々が自ら成長してもらいたいと考えています。

―勉強会では創立者の考えを浸透させているのでしょうか?

福沢 私の方から具体的に指示を出すことはありません。塾生から質問や提言を求められた時に答えるようにしています。これは今までの私の人生観を踏まえて「私だったこうする、ああする」という方向性を示すだけです。私は昭和56年(1981)、徳田虎雄(徳洲会創立者 衆議院議員を4期務めた)と出会い、東京本部に所属し昭和58年(1983)から始まった「保徳戦争」(奄美群島選挙区で保岡興治との島を二分する激しい選挙戦)で選挙活動を担当し、公職選挙法で逮捕されたこともあります。そうした体験をもとに、選挙、運動のあり方を伝えています。選挙にはどうしても資金がかかりますが、当選してその資金を回収しようと利権を漁る議員だけにはなるなと。これが第一義です。

―一方では中国軍の東シナ海への進出は目に余るもの、日本をはじめ台湾など周辺国にとってはかなり危機的状況です。特に国境にある石垣島などの先島諸島、沖縄など国境に近い自治体にとってはまさに他人事ではないと思います。議員には国防意識も必要です。

福沢 その通りです。以前、デニー玉城沖縄県知事の八重山の漁船が中国公船に追尾された件を「中国公船がパトロールしていることもあるので、故意に刺激するようなことは控えなければならない」という問題発言に対して沖縄県庁前で単独で抗議活動を予定していたのですが、発言を撤回したので矛を収めました。

会派形成が目的ではない

―あくまでも所属議員それぞれの判断に任せるということですね。

福沢 例えば鹿児島市と離島の自治体では課題が違いますから。課題解決のために情報交換を密にするようにしています。

―現在、鹿児島市議会全議席45議席のうち、所属議員は3名。会派を作るには至りませんね。

福沢 意図的に会派を作るようには言っていません。例えば、知事選候補は必ずこの事務所を訪れます。政策をじっくり聴いて、党の方針とほぼ一致していれば応援しています。地域政党としての存在感は発揮できていると思います。塾生が初当選した時は政策協定を結んで3年間はできるだけ守ってもらいますが、後はただ黙って見守っているだけです。相談に来れば乗りますし、応援もします。

―党に束縛されないスタイルは珍しいですね。


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