2026年6月号 そこが聞きたい! インタビュー

26歳の若き代表・奥村光貴氏が率いる「再生の道」。都知事選・都議選での全敗という現実を背負いながら、彼は何を想い、次なる一歩をどう踏み出そうとしているのか。今回は、彼が掲げる「AI政治」のその先にある、より深淵で痛烈な「人間論」にまで踏み込んだ。AI技術、政治、そして「個」の捉え方について、話は多岐にわたる。
※インタビュー実施時の奥村さんは『再生の道』代表。本文中の組織・思想に関する内容は令和8年4月16日当時のもの
奥村光貴氏(前「再生の道」代表・狛江市長選候補者)
平成11年(1999)、大阪市生まれ。大阪桐蔭高校から京都大学工学部に進学、京都大学大学院では情報学研究科(社会情報学系)博士後期課程在籍(AI・教育デ─タ分析)専攻。学生時代から教育分野で活動。オンライン塾の創業など教育ベンチャーに参画し、教育DXや地域活動に関与。2025年、東京都議会議員選挙(島しょ部)に出馬し落選(約1400票)。同年、政治団体「再生の道」代表に就任。2026年5月、市長出馬のため代表を辞任。
26歳の決断
40人の党員が選んだリーダー
─代表に就任されて半年余り。創立者の石丸伸二氏からの指名とお見受けしていましたが、そうではないのですね。
奥村 ええ、違います。党員による代表選があったんです。立候補者は5名、3段階の投票プロセスを経て、最終的に私が選出されました。自民党の総裁選に倣った方式ですね。当時の党員は40名ほど。その中から選ばれたわけですが、受かるという自信はありました。やるからにはそのつもりで挑みました。ただ、それ以上に「私が選ばれるような党であれば、ここは大きな可能性がある」と確信したんです。
─石丸伸二氏との現在の関係について伺わせてください。創立者である彼が去った今、その存在をどのように捉えていますか?
奥村 石丸さんは、我々にとって「再生の道」の礎を築いた開拓者です。彼が政治の古い慣習を壊し、可視化したからこそ、今の我々の活動があります。彼が去った直後は、組織として大きな喪失感もありましたが、今はそのフェーズを超えました。
現在の関係を一言で言えば「静かなる共鳴と、別々の道」です。彼は彼自身の哲学で新しい道を歩んでいますし、私はこの党を「AIとテクノロジーを駆使した自律的な組織」へと進化させるという、また別のフェーズを担っています。彼が蒔いた種を、私たちがデータとテクノロジーという肥料で育て、全く新しい形の政治運動に昇華させる。それが私なりの「石丸さんへの恩返し」だと思っています。彼も今の私たちの挑戦を、離れた場所から見守ってくれていると感じますね。
東京からの精神的自立─
九州という「防人」の視点
─私自身、九州に住んでいて、東京のいわゆる保守派が中国や韓国に対して過剰に敵対的な姿勢をとることに違和感を覚えます。彼らはアメリカには忖度するのに、隣国に対しては声高に叫ぶ。でも、九州の人間からすれば、ここは東シナ海を挟んで隣国と向き合う「防人(さきもり)」の地です。この距離感の差をどう見ていますか?
奥村 東京はアジアから物理的にも精神的にも「逃げている」ように見える。九州から見れば、東京で叫ばれている対中・対韓姿勢は、ある種の「遠吠え」に聞こえますよね。
─歴史を見れば、江戸時代は朝鮮通信使を受け入れ、技術を学び、独自の交流を育んできました。薩摩焼にしても、朝鮮の陶工の技術があったからこそ成立した。にもかかわらず、今の東京は、明治以降の西洋化のくびきを引きずったまま、アメリカの傘の下で思考停止している。この「負け犬根性」とも言える依存心こそが、東京一極集中の弊害ではないでしょうか。
奥村 結局、自分の国のことを自分たちで決めていないから、誰かにすがりたくなる。戦後80年続いてきたその依存心こそが、日本の停滞の正体です。東京に人口の10分の1が集中し、狭い空間で身を寄せ合う今の構造は明らかに異常ですが、それをただ批判するだけでは何も変わりません。
「プラットフォーム」という新しい土台
─奥村さんたちが「党」ではなく「プラットフォーム」という言葉を使っている点に注目しています。本来の意味である「土台」として、具体的に何を作ろうとしているのですか?
奥村 日本の政治の最大の問題は、客観的なデータやエビデンス(証拠)が共有されないまま、感情的な「くれくれ政治(予算の分捕り合戦)」が横行していることだと考えています。プラットフォームとは、その議論の前提となる「土台」です。例えば、「この地域に再エネ施設を作りたい」というなら、その予算規模や債務比率、あるいは台風が来た時の耐久性など、現実的なデータや前提条件をすべてテーブルに乗せた上で議論すべきです。
─データなしに、主義主張だけをぶつけ合っても解決しないと。
奥村 政治は本来、価値観を議論する場ですが、その土台がなければ空中戦にしかなりません。「地域を自分のこと」と思えていないから、全体の予算をケアできない。私たちは、このデータという土台を可視化することで、「自分たちの街を自分たちで考える」という当事者意識を取り戻したいんです。それが私の考えるプラットフォームの役割です。
「自律」への道筋─
東京との距離感と2050年へのソフトランディング
─では、私たちが目指すべき「自律」とは、東京からの完全な独立なのでしょうか?
奥村 一見矛盾するようですが、過渡期においては中心(東京)の力を利用するのは「あり」だと思っています。ただし、それはあくまで目的ではなく、手段です。子育てと同じで、最初は親の保護(補助金や支援)を受けながらも、最終的には自分の足で立つ。その「自立」というゴールを共有できないまま、やみくもに企業誘致をしたり、似たようなプランを並べたりしても、結局は元の木阿弥です。
─今の既得権益構造や、タックスイーターの抵抗を考えると、自律への道のりは険しい。しかし、食料自給率の問題一つとっても、他国が自国優先に走る未来はすぐそこまで来ている。
奥村 地方が自分たちの生存圏を確保する「自律」が必要です。地方交付税に依存し、上ばかり向いていたら、この国は沈んでいくしかない。今の既得権益層は、自分たちの飯茶碗を守るために必死ですが、そこを無理やり奪うのではなく、新しいエネルギーや経済の仕組みを創り出すことで、彼らをも含めた新しい地域へ「変換」していく。それが我々「再生の道」が示そうとしている、リアルな戦略です。
─東京という中心地を使いつつも、精神はアジアの一員としての自律を取り戻す。それが明治以前の、日本の本来の姿なのかもしれませんね。
奥村 私たちは一度、戦前の帝国主義的な成功体験と、戦後のアメリカ依存という両極端のイデオロギーから離れるべきです。自律した個と地域が、AIという客観的な鏡を使って、泥臭く対話しながら生存していく。2050年を見据えた時に、今の若者たちとどうその「ソフトランディング」を共創できるか。そこに、我々の全力がかかっています。
「AIペンギン」との対話がもたらすポストSNSの可能性
─奥村さんの戦略で最も特徴的なのが、AIペンギンこと「ミッチー」の活用です。これはどのようなものなのですか?
奥村 ミッチーは24時間365日、地域サポーターと対話し続けています。地域ごとの歴史や議事録、ニーズを学習させ、それをもとに候補者と対談させる。実は今、杉並区長選に出馬の意欲を見せている人を擁立しているのですが、彼も「杉並ミッチー」と対談します。
─AIと候補者が対談? それは一体何を目的としているのでしょう。
奥村 SNSの最大の欠点は、一つの物語だけが強化され、対話が分断される漫画『NARUTO』の「無限月読」のような状況に陥ることです。人々の視野は狭まり、過激な言説ばかりが目立つ。これを打開し、データと歴史的エビデンスに基づいた客観的な対話を復活させたい。AIは忖度もしないし、利権も知らない。「ダメなものはダメ」と論理的に追い込んでくるので、候補者にとって生半可な覚悟では務まらない。これこそが、私たちが目指す「ポストSNS」の政治参加の形です。
─そこへ「シャチ君」という存在も登場します。彼らはどのような役割を担うのですか?
奥村 シャチ君は、社会における「政治無関心層」のメタファーであり、彼らの視点を代弁するAIです。政治に対して「面倒だ」「自分には関係ない」と感じている人たちは、実は冷静に状況を俯瞰する力を持っています。メディアや政治家が特定の文脈で情報を切り取る際、シャチ君が「それは違うのでは?」と、客観的な事実や過去のデータと照らし合わせて検証します。ミッチーが「縁」を結ぶなら、シャチ君は「治安」を守る番犬です。
地方議会の「伝家の宝刀」はなぜ錆びついたのか?─
AIによる自治再生の処方箋
─地方議会は本来、首長(執行部)を監視する「二元代表制」が原則です。しかし、実際には機能していないケースが目立ちます。この「機能不全」をどう見ていますか?
奥村 地方議会は「なあなあ」の利権構造に支配され、本来の監視機能が形骸化しています。「百条委員会」のような強力な調査権限を行使する機会も増えていますが、それは議会自らが機能不全を露呈している証拠です。本来、日々の監査が適正であれば、そこまで追い込まれる前に歯止めがかかるはずですから。
─地方に行けば行くほど、土建業者といった「利権」が強く、議会が政争の具にすらならないケースもあります。
奥村 島嶼部や沖縄などで顕著ですが、地域経済が土建利権に「麻薬漬け」にされている現状があります。例えば基地建設の問題でも、本来の目的から逸脱しているのに、砂利利権やコンクリート利権のために計画が推進されている。これは構造的な依存です。地方が自立できない最大の理由は、こうした「予算を分捕って食いつなぐ」という歪んだ経済構造にあると痛感しました。
─では、その「なあなあ」の地方政治に風穴を開けるにはどうすればいいのでしょうか?
奥村 AIこそがその切り札になると確信しています。政治のプロセスにおいて「価値合理性(何をすべきか)」の議論は人間が担うべきですが、予算の執行状況や監査といった「目的合理性」の部分は、AIが客観的に監視できるはずです。議会が何をしているのか、利権に基づいた決定が行われていないか。これらをAIを通じてオープンチャットのようにリアルタイムで見える化し、住民がスマホ一つで監視できる環境を作る。それが実現すれば、今の「とんでもない」議会運営を放置できなくなります。
─住民の意識改革というハードルも高いですよね。
奥村 だからこそ、参加のハードルを下げるのです。従来のような政治参加を求めるのではなく、AIと対話しながら「自分の街の健康状態」をチェックする感覚で参加してもらう。そうすれば、住民自身が「この予算の使い方はおかしい」と気づくことができます。監視の主体を「一部の議員」から「市民全員」へシフトさせること。それが、今の地方政治を再生させる唯一の道です。
─奥村さんの考えでは、まず「地方」を固めることが先決だと。国政を変えてから地方を変えるのではない、と。
奥村 順番は「地方が先、国が後」です。地方交付税のあり方を見直すなど、構造的な問題にはいずれ国政の力が必要になりますが、まずは自分たちの足元で「自立した自治」を体現しなければなりません。国政の動きに地方が左右される現状は異常です。地方議会を健全な「監視の場」に戻し、利権から独立すること。この小さな一歩こそが、結果として日本の再生につながる唯一の現実的な戦略なのです。
DAO(分散型自律組織):地域を循環させる新しいOS
─その仕組みを支える基盤として「DAO」という概念を掲げています。具体的にはどのような組織モデルを想定しているのでしょうか。
奥村 DAOとは「分散型自律組織(Decentralized Autonomous Organization)」の略です。DAOとは、『独自の価値』の創出を軸に、『律(ルール)』と『分(ロール)』によって「集合(全体)」と「要素(個)」それぞれの目的が両立・最適化されるよう設計された、透明で流動的な組織体、またはこれを目指す組織体です。これまでの自治体や組織は、トップダウンで決まったことが、黒塗りだらけの議事録と共に降りてくるものでした。しかしDAOでは、ブロックチェーン技術を用いて「誰が、いつ、何を決定したか」というプロセスが全て公開されます。スマートコントラクトというプログラムによって、ルールが自動的に実行されるため、改ざんや恣意的な運用が物理的に困難になります。
─DAOを導入することで、具体的に地域はどう変わるのでしょうか?
奥村 例えば、四国の「琴平町DAO」のような事例が理想的です。「竹あかり」を公園に設置するプロジェクトで、参加者が貢献するとポイントが付与され、それが地域特産品に交換できる仕組みです。これまでの観光は「消費する人」と「提供する側」で分断されていました。しかしDAOなら、観光客が「DAOのメンバー」としてプロジェクトに貢献することで、一時的な関係を超えた「関係人口」へと進化できる。自分たちの街を自分たちで盛り上げるサイクルです。
そこでAIである「ミッチー」は、地域自体を一つの生き物として可視化する役割を担います。地域の債務比率や幸福度を「体脂肪率」のように可視化し、何が足りないかを住民自身に気づかせる。DAOという「透明な入れ物」に、ミッチーという「客観的な指標」を組み合わせることで、住民自身が自律的に地域をケアし続けるシステムを構築する。これが、既得権益の「中抜き」に頼らない、新しい自治のOS(基本ソフト)です。
自律協生と「変換」のリアル
─しかし、既得権益や「タックスイーター」の抵抗を考えると、自律への道のりは険しい。正面から戦っても勝てないのでは?
奥村 熊本県小国町の「わいた会」のやり方が面白い。温泉業者が外資や誘致に頼らず、自分たちで地熱発電の開発・運営主体となって利益を出し、共助に回しています。あれこそが新しい自治のモデルです。彼らは既得権益側の人たちを敵に回すのではなく、彼らと共に新しいエネルギー源を作り出し、自分たちの利益へと変えていく。これは破壊ではなく「変換」です。
─イデオロギーで人を統治しようとする旧来のやり方とは違うわけですね。
奥村 イデオロギーは人を統治するための道具にすぎません。自由主義と共産主義的(共生)なバランスをどう取るか。極端なイデオロギーから脱却し、現実的な最適解を導き出すこと。AIという最新のテクノロジーを活用しながら、縄文や江戸時代のような自律したコミュニティの精神を取り戻す。これこそが、我々が目指す「再生」の姿です。
「個人」は死んだのか?─
AI時代、我々は「神との契約」から解き放たれるか
─最後に、奥村さんはAIが浸透する社会において、近代が定義してきた「個人」という概念そのものが成立しなくなると語っています。それは一体どういうことでしょうか?
奥村 近代以降、私たちは「個人」という枠組みで責任を負ってきました。しかし、西洋における個人の責任とは、「神との契約」と「原罪」が前提にありました。私たち日本人にはその前提がありません。自動運転車の事故例のように、判断データを作ったのが市民社会全体であれば、本来の「個人の責任論」はどこかへ消えてしまいます。
─日本人の本質的なあり方は「みんな繋がっている」という結節点としての存在だということですね。
奥村 そうです。私たちがいて、私がいる。その循環の中にしか私という存在はない。責任というのも、固く捉えるものではなく、社会という海の中でパッと捕まえた「その瞬間の自分」でしかないのかもしれません。八丈島の民宿のおばあに「お前は誰だ」と問われました。都会でのバトルフィールドには「ハウス(家)」はあっても「ホーム(帰るべき場所)」がない。AIが仕事を代替する時代だからこそ、逆に「人間がなぜそこに存在しているのか」という根源的な問いに立ち返らざるを得なくなるはずです。
─今後の展望を教えてください。
奥村 私たちが追求してきた「立身出世」のような指標は、AIによって無効化されつつあります。でも、だからこそ「悩みながら伝達しようとした時間」そのものが自分自身の価値だと思えるようになる。私は、その変化を恐れず、AIという鏡を使って、私たちが本来持っていた「内なる力」を再生させたいと思っています。
【緊急インタビュー】
実践編:なぜ今、狛江なのか─「再生の道」を地方で実証する
(編集部注:このインタビューは奥村さんが狛江市長選出馬発表の直後5月3日にLINE上で行ったもの)
─狛江市長選(6月28日投開票)への出馬には驚きました。(DAO等の話を受けて)その思想を実際にどう自治体で体現するのですか?
奥村 実は「再生の道」代表としての活動を通じ、国政や広域行政での挑戦と並行して、特定の自治体で「再生」のモデルを完成させる必要性を強く感じていました。狛江市という小さな規模だからこそ、人口減少社会における「狛江モデル」を最短で作り出せると判断したのです。
─「再生の道」代表は辞任されるとのことですね。組織との関わり方はどうなりますか?
奥村 はい、市長選は無所属での挑戦となるため、代表を降りる決断をしました。今後は、一メンバーとして団体の推薦を受けつつ、これまで培った知見を狛江市で100%注ぎ込む形になります。
─狛江市には縁がなかったとのことですが、市民の期待をどう受け止めていますか?
奥村 確かに「よそ者の若者」という声はあります。しかし、既存のしがらみがないことは、今の閉塞した市政を変える最大の武器です。狛江の地域コミュニティは非常に発達しており、シルバー人材センターでの活動など、すでに「自分たちで支え合う」素地がある。ここにAIによる透明化とデジタルというOSを載せることで、この街を日本で最も先進的な自治体にしてみせます。
─市長になれば、AIを具体的にどう市政に使いますか?
奥村 第一に、公会計の徹底的な透明化です。将来の負債まで含めた財政状況を、AIを用いて誰でもスマホで確認できるようにします。第二に、私が育ててきた「AIペンギン(ミッチー)」の導入です。政治に馴染みのない市民でも、対話を通じて政策提言ができる環境を作る。忖度なきAIの分析力で、利権の構造を可視化し、市民一人ひとりが市政のオーナーになる仕組みを実現します。
─勝算はあるのでしょうか?
奥村 もちろんです。今がまさに、都市集中型から地方分散型へ転換する分岐点(2027年まで)です。最年少市長として、ビジョンと行動力で社会をデザインする。その一歩目を、狛江から刻みます。