2024年9月号 そこが聞きたい! インタビュー
秋葉原通り魔事件、相模原障害者施設殺傷事件、座間9人殺害事件など理解不能な凶悪犯罪は、今や、枚挙にいとまがない。犯人たちはなぜこのような凶悪犯罪を起こしてしまったのか。アメリカの凶悪犯罪者と直接接触し、そのプロファイリングで見えてきたものとは─
阿部憲仁氏 国際社会病理学者(桐蔭横浜大学法学部教授/府中刑務所篤志面接員)
昭和39年(1964)群馬県出身。茨城大学教育学部英文科卒。サンフランシスコ大学で修士号・博士号修得。アメリカと日本の「究極の凶悪犯罪」の研究をもとに、真の「社会の安全」と「人間の幸せ」のあり方を提言。数多くの「究極の凶悪犯」たちと直接やり取りを交わす一方、広島・長崎の被爆者代表を初めてノーベル平和賞に招待。犯罪を犯す者たちの考え方に精通するDr.クリミナル。著書に『凶悪犯プロファイル』(駒草出版)、『人格形成は3歳まで』(青志社)、『無差別殺人者の正体』(学文社)などがある。
「三つ子の魂百まで」のリアリティ
―近著『幼少期の家庭環境から読み解く 凶悪犯プロファイル』(2024年3月)では、アメリカの連続殺人など凶悪犯と直接やり取りしてそのプロファイルを分析し解説していますが、この研究の目的から聞かせてください。
阿部 予備校で英語の講師を務めていた頃に、生きた英語力をつけようとお金を貯めては渡米して学位を取得していました。40歳ごろから日本に帰ってきました。その頃、日々変なことばかり、以前の日本では起きなかった事件がニュースで毎日報道されるようになりました。最後に専攻したのが、「国際化社会に伴う社会教育」でしたが、その研究をやっている中で、文化から社会問題に関心が移っていきました。どうして信じられないような凶悪犯罪が起きるのかに興味を抱くようになったのです。そしてその社会病理の根本がどこにあるのかを解明しないと問題は解決しないと思いました。
凶悪犯罪が起きると、テレビなどで専門家がコメントを出します。確かに教科書程度の知識は豊富ですが、それで凶悪犯罪が起きる根本原因は解明できません。つまり、究極の犯罪者のプロファイリングを徹底的に研究することが必要だと痛感し、彼らの成育環境を知るために、そうした事例数が圧倒的に多いアメリカの凶悪犯たちと直に面談したり、手紙をやり取りに組み始めたのです。
―例えば、2008年の「秋葉原通り魔殺人事件」、2017年の「座間9人殺害事件」の凶悪犯罪の犯人を見ると、いわゆる凶悪な人格ではない普通の人間に映ります。隣近所にいる人間がそうした恐ろしい犯罪を起こしている。そのことに戦慄を覚えました。理解不能な犯罪が起きていて、この背景には日本社会の変質があるのではないかと危惧しています。
阿部 確かに彼らと直接コンタクトしてみると、その犯行とフレンドリーなキャラクターのギャップに驚かされました。また、私は多くの日本の受刑者とも接していて、そこに一つの共通点を発見しました。それは、多くの場合、幼いころに始まる親の育て方に起因している点です。感情発達が形成される臨界期と呼ばれる0~3歳の間に脳が成長して脳内の神経細胞ネットワークの要であるシナプスが形成されるからです。3歳くらいからはもの心がついていますから自覚は芽生えているんですが、その前だと無意識下に刷り込まれてしまいます。93人も殺害したアメリカの凶悪犯は「女性と性交している時にどうしようもなく首を絞めたくなった」と言いました。感情をコントロールする偏桃体内で性欲が活性化すると、連動化して攻撃性も活性化してしまいます。
―普通は怒りなどの感情を止めるスイッチがあるはずだと思うのですが。
阿部 止めるのが前頭葉なんですが、臨界期に強いストレスを受けると発達せずに萎縮してしまい、歯止めがかからないんです。
―昔から「三つ子の魂百まで」と言われているのは、科学的根拠があると。
阿部 昔の人は、理屈は分からないが経験値があるので、的を射た言葉を残していますね。
―理解不能な凶悪犯は、見ず知らずの相手を攻撃しますね。理由なき殺人です。
阿部 酔っていたり、相手の言動に怒りを覚えたり、恨んだりして攻撃する反動的な攻撃性は良い悪いは別として理解できますね。こうした反動的攻撃性で犯罪を犯す人間の共通点は、その場の「臨場感」です。これが一線を越えさせてしまうんです。
ところが、誰でもよかったという理由で複数の殺人を犯すシリアルキラーは、反動的ではなく「恒常的な攻撃性」を持っています。これが、臨界期に形成されるのです。よく、「酷い環境で育ったけど真面目に頑張っている人もいる」と言われることがありますが、そういう人は子供の時に感情の土台がきちんとできているんです。ヒヨコが卵の殻を破って最初に目にするものを母親だと思ってしまう刷り込みと同じで、この時期に何らかの形で攻撃性が刷り込まれると、訳もなく他者を攻撃したい衝動を抱えた病的人格を生み出してしまうのです。
映画『羊たちの沈黙』(1991)の主人公ハンニバル・レクターのようなシリアルキラーを英雄のように扱う傾向がありますが、そうではなく、子供の時の環境が歪んでいて病的な人間に育ったに過ぎないだけなんです。しかし、凶悪犯罪が発生するとメディアはそれを「闇の中」だとごまかしてしまいます。臨界期に植え付けられた恒常的な攻撃性は、昨日今日で形成された心理的なものでなく、第二の自然、生まれつきの資質に近いものです。
―人間の攻撃性は遺伝によるものとも言われていますね。
阿部 ほぼ50%が遺伝による影響ですが、遺伝だけではなく遺伝と環境の融合が大きく影響しています。攻撃的な遺伝を持って生まれた子は、例えば抱っこされれば泣き、夜泣きも激しく、笑わない赤ん坊の周囲は戸惑ったり、イラついたりしますよね。つまり、攻撃性を抱えて生まれてきた子は、自ずとネガティヴな環境を引き付けてしまい、それが遺伝と融合することで恒常的攻撃性を抱えてしまいます。
―逆に、そうした子を周囲が温かく見守れば遺伝が発現しないのでは?
阿部 その通りです。環境が劣悪でなければ暴力性は刷り込まれません。私がこの研究を続けている目的は、3歳まで国、社会が子どもをケアする世論を形成したいからなんです。子育てをできない母親の代わりに国が子のケアができるようになれば、理不尽な凶悪犯罪は激減するはずです。
アメリカ追随の果てに
―なぜ、多くのアメリカの凶悪犯罪者を研究の対象にしたのですか?
阿部 アメリカが日本の20年、30年先を進んでいると言われます。被虐待者は無意識のうちに虐待者の真似をするんです。つまり、虐待者であるアメリカの真似をすることで被虐待者である日本は立ち直ろうとするのは仕方がないことでもあります。それゆえに現在の日本人の心の中ではどこかで、アメリカはいつでも正しい存在であり、アメリカ人やアメリカの映画、ファッション、スポーツ、文化全てが最先端だというイメージが日本人の無意識に存在しています。
このようにアメリカの伝統・文化を無条件にうのみにする日本は、アメリカの表の部分だけでなく、裏に潜む負の部分までも吸収してしまいました。つまり、今日の日本は、犯罪大国アメリカが抱える犯罪的な側面も踏襲してしまいました。そうした背景から、アメリカの凶悪犯罪者をプロファイリングすることで、日本の凶悪犯罪者のプロファイルもできると考えたんです。
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