2024年11月号 そこが聞きたい! インタビュー
半導体の受託生産世界最大手のTSMC(台湾積体電路製造股份有限公司(Taiwan Semiconductor Manufacturing Company, Ltd.)が熊本県菊陽町に建設していた第一工場が今春から稼働した。さらに第2、第3工場も計画され、関連企業進出も続きそうだ。しかし、大量の地下水くみ上げ、有害化学物質の使用など一部に不安の声も聞かれる。
中地重晴氏 熊本学園大学水俣学研究センター センター長
昭和31年(1956)滋賀県出身。年京都大学工学部資源工学科卒業。医療法人南労会環境監視研究所所長などを経て、平成22年(2010)4月から熊本学園大学社会福祉学部教授、令和4年(2020)から現職。
地下水枯渇の危機は?
―まず、TSMCがくみ上げる莫大な量の地下水、または排水ついては、目に見えないだけに懸念の声も聞かれます。
中地 実際、不安の声が寄せられていますし、この件についてお話をすることがあります。確かに、くみ上げられる水で将来地下水が枯渇しないか、どんな化学物質を使用するのか、それをどう処理するのか、或いは工場内で何を製造するのかなどの説明会がないのであまり情報が公開されていないのは事実です。地元の町会議員たちがTSMCの台湾の工場の視察に行って資料も渡されずに見るだけだったそうです。熊本県のホームページではTSMCの概要しか掲載していません。TSMCが出している世界基準の環境報告書の英語版は公開されていますが、有害物質をどれくらい使っているかなど細かな内容ではありません。情報公開という点では不足していると言わざるを得ません。一部、不安の声があるのは仕方がないでしょう。
―ブラックボックスになっていると言ってもいいですね。
中地 地下水の使用については県の許可が必要です。当初、TSMCは工業用水として日量1万2000トンを汲み上げる計画でしたが、リサイクル率を80%程度に引き上げて、日量8500トンに見直されました。熊本市の2019年実績の1人1日当たり220ℓの生活用水量で計算すると、約3・9万人分に相当します。ちなみに工場が立地する菊陽町の人口は4・4万人、隣接する合志市は6・4万人ですから、小さな都市が出現したことになります。TSMCの年間地下水揚水量は約310万トンで、これは熊本地域の工業用水揚水量2434万トンの約13%に相当します。
―地下水の現状は?
中地 宅地開発、工場立地などで地下水の涵養量は減少していて、熊本市は2008年から地下水涵養計画を進めていました。生活用水用の地下水の汲み上げ量を減らすなどして地下水を増やそうというものです。また、涵養に関しては、川の水を水が浸透しやすい白川中流域の田んぼに揚水してそれが地下に沁み込むというやり方を実行していました。要するに川の水を地下水に切り替えるやり方です。今年度がその最終年度だったにもかかわらず、TSMCによる揚水量が増加したわけですから、新たな計画を策定すべきなのですが、今のところその動きはありません。地下水涵養策に関してはなし崩し的になっていて、それを不安視する声もあります。
ただ、白川中流域全体の地下水利用者は熊本都市圏を中心に約98万人でTSMCの地下水使用量はその約5%にしかすぎませんから、大きな影響はないとも言えます。しかし、1カ所から大量の地下水を汲み上げると、部分的に地盤沈下の恐れもあります。
―今後、第2、第3工場、関連企業が進出すると当然、使用量も増えていきますね。TSMCは地下水涵養対策を講じているのでしょうか?
中地 当初の発表では、隣の大津町の農家12人の農地7haに協力を依頼して湛水して100万トンの地下水涵養を計画していますが、使用量の1/3しか確保できません。
―工場近くの井戸の水位が下がったという情報もあります。将来、地下水が不足するということはないのでしょうか
中地 当面はないでしょう。しかし、これはあくまでも稼働した第1工場の話です。今後、第2、第3の工場、また関連企業が稼働すればさらに地下水を汲み上げますが、その予測値については全く出ていません。今のうちに、地下水の涵養を進めなければ長期的には問題が起きるかもしれません。地下水涵養について、本来はTSMCがやるべきことです。仮に地下水涵養のめどが立たなければ、100万人の水がめに影響が出ますから、いざとなったら、白川の水を引っ張って工業用水として使えばいいと思います。IC製造過程に必要な純水にするには、地下水よりコストがかかるかもしれませんが、最終的には地下水不足は回避できると思っています。
情報公開とリスクコミュニケーション
―排水に関して。TSMCの稼働前ですが、熊本市北部の地下水で有機フッ素化合物が検出されたようですね。
中地 排水の方が問題です。熊本市が調査していますが、原因不明です。よく熊本の水はきれいだと言われていますが、熊本市東部の牧畜などの糞尿処理が不十分で、地下水が硝酸性窒素で汚染されているケースが結構あります。しかし、今回は工業由来の化学物質が検出されました。井芹川の上流では環境基準を超える数値ですが、熊本市の上水道の井戸水では基準内です。TSMCでは、洗浄工程などで大量の水を使用しますが、成膜行程、フォトリソグラフィ行程、エッチング工程などで、反応性ガス、有機溶剤、多種類の化学物質を使用しています。有機フッ素化合物も使っています。
TSMCの排水で厄介なのは、地下に流さず熊本北部流域下水道の北部浄化センターで処理、その処理水が坪井川を経由して有明海に流れ込むことです。
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